生命を支える甘い架け橋 アブラムシの繁殖の謎に迫る
アブラムシの世代を超えた可塑性に血糖トレハロースが関与
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茨城大学大学院農学研究科の相馬尚実さん、同研究科の菊田真吾准教授らは、アブラムシの世代を超えた可塑性に、血糖のトレハロースが関与することを発見しました。本成果は、この研究成果は 1月 21 日、Wiley の「Archives of Insect Biochemistry and Physiology」にオンライン掲載されました。オープン欧洲杯买球官网_欧洲超级联赛¥手机版投注です。
背景
アブラムシは、混雑や資源不足、捕食者の多い環境で「翅のある形(有翅型)」の子孫を生みます。有翅型は新たな環境への移動能力を持ち、一方で「翅のない形(無翅型)」は資源が豊富な環境に適しています。これは表現型可塑性と呼ばれます。この可塑性の中でも、母親が経験した環境に応じて子孫の形質を変え、適応を助けるしくみは、世代間可塑性と呼ばれます。この世代間可塑性の分子メカニズムはまだ解明されていませんが、母体内で胚を発育させる胎生単為生殖が関係していると考えられます。アブラムシは、生育に好ましい環境下において、胎生単為生殖によって母体内で娘世代や孫世代までが発育し、個体群を急速に増加させます。この胎生単為生殖と世代間可塑性の特徴から、母親が血リンパを通じて胚に栄養を供給し、環境に適応しやすい子孫を生むと考えられます。特に注目されるのが、血リンパ中の主要な栄養である「トレハロース」という糖です。トレハロースは昆虫の重要なエネルギー源で、有翅型では飛翔のために高濃度が必要とされます。この糖が母親から子孫へ環境情報を伝える可能性が示唆されています。アブラムシの生体から血液を採取する技術を有する本研究グループは、母親の血リンパ中のトレハロースが子孫の発達に与える影響を解明することを目的に、トレハロース濃度の測定や代謝関連遺伝子の発現解析を行いました。
研究成果
まず、有翅型および無翅型アブラムシの血リンパトレハロース濃度を、母体とその子孫で定量したところ、有翅型の母体およびそれらの子孫の血リンパトレハロース濃度は、無翅型の母体およびそれらの子孫よりも高いことが明らかになりました。なお、本研究では、有翅型および無翅型のそれぞれから産まれた幼虫はいずれも無翅成虫へと成長しましたが、同じ無翅成虫でも、有翅型を親にもつ成虫の方が無翅型を親にもつ成虫よりも血リンパトレハロース濃度が高いことが確認されました。トレハロース代謝関連遺伝子が活性化が血リンパ中のトレハロース濃度上昇に寄与していると推測されます。
一方、それらの子孫が胚の状態のときのトレハロース量には、有翅型と無翅型の間で差はみられませんでした。ただし、無翅型由来の胚では、トレハロース分解酵素の遺伝子発現量が有翅型由来の胚よりも上昇していました。この酵素が産まれた後の幼虫で機能し、無翅型の子孫におけるトレハロース濃度を下降させていると推察されます。
子孫において、血リンパトレハロース濃度に差が生じているにも関わらず、すべての成虫が無翅型に育ったことからは、アブラムシの翅の可塑性誘導に関わる分子メカニズムが、血リンパトレハロース濃度を介した世代間の可塑性メカニズムとは異なる可能性を示唆しています。さらに、有翅型および無翅型アブラムシから産まれた1齢幼虫におけるトレハロース関連遺伝子の発現を調査したところ、発現差は認められませんでした。この結果から、子孫の血リンパトレハロース濃度は、産まれた後の環境ではなく、母体からの直接的な栄養供給が重要な決定要因である可能性が示唆されました。
なお、本研究では、母体の血リンパトレハロースが胚に直接輸送されているかどうかを判断することはできませんでした。母体から子孫へのトレハロース供給の可塑性を解明するには、アブラムシの偽胎盤胎生のメカニズムを理解する必要があります。今回、アブラムシの卵巣小節および胚を摘出し、トレハロース溶液に浸した後、組織内のトレハロース含量を定量しました。その結果、元の組織内にトレハロースが存在する場合は、トレハロースが存在しない場合と比較して、卵巣小節および胚へのトレハロース流入が促進されることが示されました。ここから、母体から胚へのトレハロース流入にあたって、その量が調整される何らかのメカニズムが機能していると考えられますが、詳細な胚発生時期や翅型形態の影響は依然として不明であり、さらなる研究が必要です。
今後の期待
アブラムシは小さな害虫で、農作物に被害を与えることが知られています。しかし、農薬を使っても効果が薄れる薬剤抵抗性の問題があり、新規の薬剤が求められています。本研究で見出されたようなアブラムシに特有の生理に注目し、トレハロースの運搬を阻害できれば、アブラムシのみに効果を示す農薬の作用点となる可能性があります。
論文情報
- タイトル:Transgenerational plasticity of maternal hemolymph trehalose in aphids.
- 著者: Naomi Soma, Shingo Kikuta
- 雑誌名:Archives of Insect Biochemistry and Physiology
- DOI: 10.1002/arch.70030
研究助成等
本研究は、科研費基盤C (24K08928)の支援を受けました。